長崎観光タクシー【島原コース】 Course

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長崎観光タクシー|島原コース

所要時間3時間・貸切料金 21,000円
市内~(天草灘海岸線)~島鉄愛野駅~(有明海海岸線)~鍋島屋敷~島原駅~島原城~武家屋敷~本光寺~白土湖~鯉の泳ぐ川~水無川~火砕流跡地~島原

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する島鉄愛野駅
島鉄愛野駅

島原半島の付け根部分に位置する雲仙市愛野町にある島原鉄道の愛野駅はメルヘンチックなかわいらしい駅である。駅舎には「ロマンの街」「愛しの吾妻(わがつま)」と書いてある。これは愛野駅と隣り町の吾妻(あづま)駅の名前を結びつけたもので、愛野-吾妻の乗車券は新婚旅行客や愛妻家、日頃の罪滅ぼしの御仁に人気があるという。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する鍋島屋敷
鍋島屋敷
 
高校サッカーでおなじみの国見町にある神代氏の居城で有明海沿岸に築かれ周囲には海に囲まれた難攻不落の海城で神代城 別名 鶴亀城とも呼ばれました。
1587年(天正15年)豊臣秀吉の島津征討に功をたてた鍋島直茂が論功行賞として、この神代を飛び地として秀吉より賜わり支配しました。
歴史を物語る長屋門、石塀、庭園、枯山水、屋敷(江戸、明治、大正)更に丘の上の本丸跡から眺める景色は雲仙連山や有明海が見渡せる絶景の場所です。
 

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する島原駅
島原駅

雲仙天草国立公園や島原半島県立公園の自然美に囲まれた島原駅の駅舎は島原城を表し、駅の漢字が「驛」と旧漢字で記され、事務所には明治天皇・皇后両陛下の御写真と日の丸の旗、それに神棚が有り開業当時の「明治の精神」を受け継いでおります。
島原駅構内の中央部に「島原の子守唄」の銅像や溝には錦鯉が泳いでおり水の都島原、歴史の町島原を物語っております。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する島原城
島原城

1616年(元和2年)奈良五条から松倉重政が、島原四万石の城主として入封し、島原半島内にあった原城など33の砦を解体し、その資材を島原村森缶に運ばせ、7年の歳月をかけて、安土桃山式の枠をつくした天下の名城・白亜の島原城が完成しました。
しかし城内一周4360m 10万石の構えである為、農民の苦役負担は重く、キリシタンの残虐極まる弾圧が加わり、住民(浪人軍)の怒りがとうとう爆発して、天草四郎率いる島原の乱が始まったのです。
島原藩最後の城主、第12代忠和(養子)は徳川15代将軍慶喜の異腹の弟です。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する武家屋敷
武家屋敷

島原市は松平七万石の城下町です。七丁の通りに70石とりの下級武士の住居690戸が有り、鉄砲町、又は足軽屋敷と呼ばれ、家の造りや垣も塀も無い町並みはキリシタンを取り締まる様に造られております。 
藁ぶきの屋根、大黒柱を中心とした開閉自由の広間、それから当時の生活用品が多数陳列してあり、昔の生活振りを懐かしく思い出す事が出来ます。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する本光寺
本光寺

道元和尚の曹洞宗であり、島原藩主松平家の菩提寺です。徳川氏の三河国支配により今川氏より松平氏の菩提寺へと変わり、1669年(寛永9年)藩主松平忠房移封につれて島原柏野へ移転し、その後1875年(明治9年)現在地へ移りました。必見は如意輪観音像です。
1571年(元亀2年)織田信長の比叡山焼き打ちの際明智一族が火中から救出した像であり、かわいそうに火傷しておりその事変を一部始終見ていた唯一の生証人です。他に桃山時代の能登の画像、長谷川等伯が描いた竜の天井絵など、沢山のお宝が有ります。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する白土湖
白土湖(しらちこ)

島原市内の閑静な所に、こじんまりとした小さな湖があります。東西1km、南北200m、深さ3mで長崎県内で唯一の湖です。
1792年(寛政4年)4月1日夕刻の雲仙岳の大噴火に伴う陥落により出現した日本で一番小さな、そして一日にして出来上がった陥落湖です。この白土湖は元々、島原藩主の菩提寺である江東寺のお墓の部分であり、湖底には墓石が散乱しております。毎秒一万トンもの水が噴き出し飲料にしますと、30万人分にもあたります。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する鯉の泳ぐ川
鯉の泳ぐ川

島原市内には幾筋もの小さな川があり、
約3000匹もの錦鯉が泳いでおります、この川は日本湧水百選の中の一つでもあり水の都、島原ならではの床の下を泳ぐ鯉の町です。
鯉の洗いが食べたいからと言って捕まえて食べる人は、まずいません。
町内会や子供たちの世話により安心して育てられており、島原の人々の温かい豊かな人情味を表す一面を示しております。
       
“山崩えのこのかたを湧く清水かな”田士英。

長崎観光タクシー長崎全日空ホテルグラバーヒル専属光富個人観光タクシーがご案内する水無川
水無川

島原と深江町の境界をなす河川で平常は流水はありません。1792年(寛政4年)4月1日の眉山の大爆発により、水の流れが一変し全くの水が舞い川となりました。
源流は赤松谷・おしが谷に始まり、枯れ木の海岸で有明海に注ぎ、約8キロの流路を持ちます。傍らに、普賢岳土石流の時に流れてきた大きな岩が島原復興記念石として設置してあります。

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